暮らしをデザインする

家をつくる、庭をつくる、お店をつくる、珈琲をつくるー。共通するのは、人の暮らしを豊かにして、心地いい時間や空間を生み出していること。
そんな3人が「豊かな暮らし」について考えたトーク、お楽しみください。

 

 

活動拠点の異なる3人それぞれの出会いとは?

 

江口:田中さんのお店で初めてコーヒーを飲んだ時に、このコーヒーは福岡で3本の指に入る!と、一目惚れしたんです。それも、フェアトレードで豆を仕入れていると聞いて、本当に凄いなと。数年前に自分たちもカフェを始めて、その大変さを実感しているので、微力ながら協力したい気持ちで、豆をお願いするようになりました。

 

田中:産地を訪れるようになって、生産者の貧困を目の当たりにしてから、仕入れに対する意識を改めたんですよ。日本ではロースターやバリスタばかりが注目されますが、私たちは、素材にない味は出せないし、生産者が減れば商品を提供できなくなる。

私の場合は、おいしい豆をつくるために頑張っている生産者から、直接仕入れるダイレクトトレードに近いのですが、生産者が優秀な人材を雇い、設備投資ができるのは、継続的な得意先があるからなんですよ。

一方で、私たちがゲストに還元できるのは、質の高い1杯のコーヒーだけ。だからこそ、小規模かもしれないけど、自分の身の回りに「おいしさ」を軸としたいい循環が生み出せたら、コーヒーの未来に繋がるんじゃないかと思ったんです。

おいしい豆をつくることが、持続可能なコーヒーの証明になるはずだと。今はまだ共同仕入れで、コンテナの一角の量しか扱えていませんが、そのうち私の豆だけでコンテナを一杯にできるくらいの量を仕入れて、生産地に貢献したいと思っています。

 

 

 

共通のキーワードは「空間のデザイン」

 

江口:竹田さんとは、2021年に福問にオーブンしたフレンチレストラン「ブラテネ」の施工を当社でさせてもらったのが始まりで、その後、何度か現場をご一緒しています。

 

竹田:福岡で「Sola Factory』 (今回の撮影場所)の設計をしている時に、吉武シェフから知り合いが店を出すからと「プラテネ」の設計をお願いされたんです。私の事務所は東京にあるんですが、なぜか今、4割くらい福岡のプロジェクトに関わっています。コーヒーショップもたくさん手掛けてきましたね。

 

江口:そう言えば、田中さんのお店も空間が素晴らしいんですよ。1杯のコーヒーを、ゆっくり時間をかけて味わうことができる、あの空間が大好きで。

 

田中:コーヒーってシンブルな飲み物なので、こちら側が歩み寄らないと読み落とすことが多いんです。だからこそ、一杯のコーヒーとじっくり向き合えるように、店内の装飾削ぎ落として、土壁とカウンターだけの空問にこだわりました。土が呼吸しているからか、不思議と心が落ちくんです。その心の状態が、豆のローストや抽出にも影響していると感じますね。

 

 

豊かな時間や空間は「ホッ」から生まれる

 

田中:コーヒーが面白いのは、ハレとケ、どちらでもあるところなんです。日用品でもあり、嗜好品でもある、そのグラデーションが、魅力のひとつだなと。私は、『ジャパンブリューワーズカップ」という、コーヒー抽出の国内競技会の審査員をしているのですが、緊張感のある審査の現場でも、コーヒーを飲むと少しだけホッとするんです。それは、コーヒーが果実の種子をローストしたシンプルなもので、自然の恵みそのものだから。そう思うと、コーヒーを味わうって、豊かなことなんだなぁと感じます。

 

江口:私も住宅のリフォームやリノベーションを手掛ける際は、ホッと一息つけるような要素を入れることが多いです。スタイリッシュな空間であっても、グリーンを取り入れたり、アースカラーでまとめたり。自分が接して心地いいなと感じるものを、できるだけ取り入れるようにしています。

 

竹田:素材の使い方ひとつで、居心地の設計ってできますよね。例えば、人が触れるところや長く滞在する場所には、金属などの冷たい素材ではなく、温かみのある木を使う。だけど、全体が木だとメリハリがないので、対比としてスチールを使ったりして、素材をうまく組み合わせることで、バランスを取ることを大切にしています。

 

江口:私は販工店なので、いろんなデザイナーの方と組んで、施工の仕事をしますが、うちのスタッフが竹田さんの所の図面を見て、ここまで詳細に描くんだと驚いていました。素材の使い方も面白いんですよ。例えば、床の下地材を仕上げに使ったり、既製品にこだわらず、フレキシブルなんです。そういったところは、地元の設計事務所さんにはあまりない所だなと。

 

竹田:デザインをする時に大切にしているのは、機能や動線など人の滞在する場所をどう計画をしていくかということです。レストランだったら、どんな風にスタッフゃゲストが動くのか。一つひとつの情報を並べて総編集したら、自然に空間が出来上がるというのが理想です。一番のコアとなる部分の設計がブレなければ、表層の素材は、ある程度の幅をもたせていていいと考えているんですよね。

 

心地いい空間は「適当」がいい!

 

田中:さきほど空間デザインにおいて重要なのは、機能や動線と仰いましたが、一方で、竹田さんのデザインには、一貫したた美意識があると感じます。クライアントや施主などの要望があるなかで、ご自分のカラーをどう表現しているのですか。

 

竹田:私のデザインに、統一感があるとしたら、一番大きな理由は、予算に限りがあるから。もちろん、面図の引き方やレイアウトに、自分の癖みたいなものはあるし、好んで選ぶ素材もある

んですが、絶対につくり込みたい部分以外は、予算を抑えてつくることも大事なので。

 

田中:予算配分も含めてのデザインということですね。

 

竹田:例えば、ラーメン屋に5000万円かけたら、バランスが悪いと思うんです。お金をかければ心地いい空間ができるわけでもない。人間も結局は動物なので、動物が本能的に心地いい空間なら、あとは適当でいいと思います(笑)。

適当って、適して当てると書きますよね。私はよく「適当にやっといて」と言うんですが、それって的を得ているなら表層の部分は任せるよという意味なんです。

 

田中:なるほど。面白いですね。私もよく、田中さんのお店の味がすると言われるんですけど、ままならない農作物であるコーヒーを、お客さんが欲しい味の最大公約数に落とし込もうとすると、結果的に、自分らしさが出てしまうんです。さきほどのお話にちょっと似ていますね。

 

アフターコロナで暮らしはどう変わる?

 

竹田:自分の身の回りでも、お店で飲むより友達の家で飲むことが増えて、インテリアにお金をかける人が多くなりました。人を家に招く機会も増えたので、リビングが重要視されて、それ以外は最低限でいいみたいな感じです。

それをレイアウトに反映すると、壁が減って空間の抜けがいい家になるだろうと思います。今まで室内にあったものが外に出ていって、露天風呂やサウナなど、室外のコンテンツが増えていくでしょうね。

 

江口:私もそれは同じように感じていて、実際、そういったご要望が多くなってきています。例えば、リビングの一角にワークスペースを設けるのもそのひとつ。
家の中で過ごす時間を充実したものにするために、家が多機能化していますよね。

 

竹田:そうやって、家のクオリティが上がると、ゲストルームとして貸し出す人も出てくる。家は所有するだけでなく共有する時代。SNSで発信して承認欲求を満たすものの一つに、家がなってくると思いますね。

 

田中:コーヒー業界で言うと、カフェで飲むより、豆を買って家で楽しむ方が、圧倒的に増えました。最後の抽出をお客さんに委ねることになるので、これからは、家でも美味しく淹れられる方法をお伝えしたり、道具の提供にも力を入れていく必要があります。
逆にお店では、これまで以上に特別なコーヒー体験を提供することで、差別化を図っていきたいですね。

 

 

 

 

未来の「心地いい」をつくる3人の仕事

 

竹田:そもそも人間は大昔、森の中とかに住んでいたわけじゃないですか。今はまだ古い価値観で街が開発されていますが、将来人間は、森の中に街をつくったり、地下に住むようになると思うんです。

『アマン」みたいな高級リソートホテルも、自然のど真ん中に建てていますよね。そういうのも、自然に回帰したい人間の本能の現れかなと思っていて。食べ物もそうですが、ケミカルなものよりナチュラルなものがいいし、身につけるものだって、化学繊維よりオーガニックコットンがいい。

コロナ福でそういった傾向が加速したと感じるし、自分たちもその感覚を、設計に取り入れていきたいと思います。

 

江口:健康志向が強まっていくのは、確実にそうだと思います。
コーヒーで言えばカフェインレスの「デカフェ」が注目されていますが、今はまだ海外で処理をした豆が多く、安全面を心配する方もいます。これだけコーヒー文化が定着してきたら、デカフェのシェアはこれから上がると思うので、国内でいい処理法が確立できたら、自分の店でも扱いたいと考えています。

 

田中:私の家は、うきはの田舎にあって、土が近くにあるのが当たり前なんです。自然って、人が作ることはできないじゃないですか。コーヒーも人が作っているように見えて、自然にあったものを掛け合わせてできている。元来人間は、そういう命がけのものでしか、心が震えないんだろうなと思うんです。そういったことに気づくきっかけをつくるのが、私たちの仕事だと思うんですよね。

 

江口:今日は尊敬するお二人と、いろんなお話ができて、とても楽しかったです。いただいた刺澈を今後の仕事にフィードバックしていきます。本当にありがとうございました。

 

 

 

 

Profile
CLAFT renovation.studio 代表取締役
江口雅敏 さん
10代の頃に造園職人から建築業界に入り、営業や現場監督として経験を積む。2014年、ガーデンエクステリアデザイナーの江口礼奈さんと共にCLAFT renovation.studioを設立。
2021年、カフェ部門casa ano garden開業。

 

Profile
HYBE Design Team インテリアデザイナー
竹田純 さん
2020年、SUPPOSE DESIGN OFFICEを経て、HYBE Design Team設立。インテリアデザインを主軸に、衣食住、幅広い空間領域の設計を行う。新旧、時間軸を越えたハイブリッドな視点でアウトプットするデザインが特徴。

 

Profile
Zelkova Coffee オーナー兼ロースター
田中 隆宣 さん
1986年、福岡県うきは市生まれ。大学卒業後、両親が営む「ぶどうのたね」に自身のコーヒー専門店を開くため、全国のコーヒーショップを巡る。北海道の老舗喫茶で約2年間修業後、2014年にZelkova Cofieeをオーブン。