過去・現在・未来をつなぐ 建築家の思考プロセス

近代建築の巨匠として知られ、多くの名建築を残したアントニン・レーモンド。
氏が設計し、1960年に完成した『門司ゴルフ倶楽部』の営繕工事を
任された田村さんは、伝統と格式ある名建築の圧倒的な空間を、
どんなアプローチでリデザインするのか。その思考の軌跡に迫った。

 

歴史ある建築のために
今、建築家にできることー

 

プロジェクトの舞台は巨匠の名建築。61年もの間、多くのプレーヤーに愛されてきた名門『門司ゴルフ倶楽部』の格式あるクラブハウスだ。託されたミッションは、老朽箇所の修繕と、コロナ禍で利用者が激減した2階のラウンジを、一般のゲストにも開かれたレストランにリニューアルすること。

 

「倶楽部の皆さんは、この建築をとても大切にされていて、地域に還元したいという思いが強いんです。そのためならイメージをガラッと変えてもいいと言われたのですが、さすがに恐れ多くて(笑)」。2019年に、黒川紀章が設計した『門司港レトロハイマート』のリノベーションを行い、リノベーション・オブ・ザ・イヤーの総合グランプリを受賞した田村さん。その時と同様、改めてレーモンドの関連図書を読み、文脈や系譜を読み解く所から始めた。

 

「このクラブハウスは、建築家のレーモンド先生と、インテリアデザイナーの妻・ノエミ夫人がともに造ったもの。ならばその意志を受け継ごうと、僕と本田の二人がかりで取り組むことにしました」。目指したのは、訪れた人が「やっぱりいいね」と思える、既視感9割、新しさ1割の空間づくり。自らのデザインを主張せず、かといって押し殺すでもない、いわば巨匠との協同作業。「絨毯の色ひとつにも、悩みました」と笑うのは本田さん。「実はここの本来の床は、カラフルなモザイクタイルでできているんです。長い歴史のどこかで現在のように絨毯が敷かれたんですね。今回はそのタイルの一色を絨毯に採用しています」。

 

そうして完成したプランは、空間の配色にはじまり、照明設計、家具のリペアやレイアウトの調整など、緻密な調整を積み重ね、二人の美意識が貫かれたものとなった。「このコロナ禍という社会の転換期で、老舗であっても存続が難しい時代です。どんなに素晴らしい資産があっても、時代とともに変化できなければ失われてしまう。必要なのは、伝統を継承し、適切に革新を行うこと。そのために建築家やデザイナーを役立てて欲しい」と田村さん。『門司ゴルフ倶楽部』の営繕工事は遂にこれから着工となる。「この建物に関われることが幸せでなりません。今から完成が楽しみです」。

 


コンクリートの柱や梁、木造の構造材が顕になった天井は圧巻。上部の高窓の障子が和洋折衷な雰囲気を醸し出す。中央の大空間と、グリーンを一望するテラス席、バーカウンター席と、緩やかなゾーニングも心地良い。天井から吊り下げられた巨大な風洞をもつ暖炉はレーモンド建築の特徴のひとつ 

 


(フクオカリノベ 2021 no.07 掲載)