サウナブームの火付け役!『湯らっくす』が生まれるまで

「サウナデビューは小学校」という生粋のサウナー西生さんとリノベ界で活躍する松山さんの出会いが生んだ『湯らっくす』。
全国から熱いサウナーが訪れる、“西の聖地”の魅力に迫る。

 


 

全国のファンが訪れる唯一無二のサウナ施設

 

全国的に広がる空前のサウナブーム。その火付け役となった施設が熊本県熊本市にある「湯らっくす」だ。趣向を凝らしたサウナ施設が続々と登場するなか、〝西の聖地〟として全国のサウナーたちから絶大な支持を集めるこの施設は、手入れの行き届いた空間と、サウナの本質を追及した類まれなオリジナリティが真骨頂。

 

 

日本人の平均身長の深さで設けた日本最深級の水風呂が名物で、ソルフェジオ周波数の音と光で瞑想をうながす「メディテーションサウナ」は、音楽シーンに〝サウナミュージック〟というジャンルを確立した。

 

 


 最上段は天井高110cmと攻めた高さ、ストーンを照らす一筋の照明、サウナミュージックが集中力を高める「メディテーションサウナ」

 

 

2018年のリニューアル以降、破竹の勢いでサウナカルチャーを発信し続ける「湯らっくす」の代表・西生吉孝さんと二人三脚で世界観を形にしてきたのが「リノベエステイト」の松山真介さんだ。

 

当時、福岡でヨガスタジオを経営していた西生さんは、経営不振が続く実家の温浴施設を閉じる覚悟で帰熊する。そこで熊本地震で被災し、ライフラインとしての風呂屋の役割を再認識した経験から、サウナ主体の温浴施設へと舵を切る覚悟を決めたという。そんな時、ヨガスタジオのあるビルのリノベーションを松山さんが手掛けたご縁から「湯らっくす」の物語がはじまった。

 

 

 

熊本地震で一念発起崖っぷちからの挑戦

 

「サウナ主体の施設に変えた理由? やぶれかぶれだったから(笑)。僕が熊本に戻って来たのは、熊本地震の4カ月前。潰れかけた温浴施設だったけど、熊本地震で被災したことでボランティアの人たちと交流するうちに〝自分もやってやろう!〟という覚悟が芽生えた。熊本地震がなかったらここまで思い切れてなかったと思います」と西生さん。

 

「リニューアル前は、〝ザ・健康ランド〟。僕自身もサウナのこと全然知らなかったですし、前例もありませんでした」と松山さんは話す。温浴施設をリノベーションして集客できるのか、発信するメディアもないのにサウナ文化は広まるのか。懸念材料は山ほどあったものの「20年以上前からヨーロッパのサウナを見てきた。サウナなら絶対うまくいく」と言い切る西生さんの熱意にほだされ、ともに各地のサウナを巡り、その真髄を学んだ松山さん。「まずは全国にいる100人の熱心なファンに向けて発信しよう」とサウナを軸としたリノベーションを決行した。

 

最初の課題は、限りある予算の中で何を優先するかだった。「これから熊本が復興していくなかで、他と戦ってはいけない。仕事としては西生さんのオーダーではあるけれど、〝家〟という意味ではここを訪れるお客さまが主体。そこで僕らが見つけ出したペルソナが、課長 島耕作とそのパートナーの大町久美子でした」。

 

 

 

 

新生「湯らっくす」のコンセプトは、〝島耕作が有給休暇を取って羽を伸ばしに来る場所〟に決定。「島耕作ならこんな料理を好むはず」「島耕作が落ち着く空間は?」「島耕作にとって違和感ない館内着は?」。館内の本棚は、ふたりの決意表明の場として『課長 島耕作』や宮沢りえの写真集『サンタフェ』を並べた。

 

明確なコンセプトは、費用面の削減にも大いに貢献した。工事で2〜3カ月営業ができないため、大工集団〝湯らっくす組〟を発足。コンセプトが共有できれば、それぞれの判断に委ねることができる。「解体をしたり、床を貼ったり。彼らの活躍がローコストリノベーションを叶えています」。

 

予算の使い方を吟味しなければならないのは、住宅も商業施設も同じこと。「完成時は50点。家具を入れ、DIYをし、マイナーチェンジしながら空間を育てていく。〝暮らし〟って終わりのない行為なんです」と松山さんが言うと「ここは〝サウナダファミリア〟。永遠の未完成なんだよ」と西生さんもうれしそうに続けた。

 

 

進化を続ける場を育てともに成長していく

 

自慢の温泉が床下を流れ、所定の場所に水をかけると温泉の蒸気と湯気が床の隙間から大噴火する「大噴火瞑想サウナ大阿蘇」

 

 

実は、島耕作を掲げるコンセプトには余談がある。以前、西生さんが出版社に「湯らっくす」での島耕作の起用を依頼した際「島耕作は長期休暇を熊本では過ごしません」と断られた過去があったとか。しかし今、会長に昇格した島耕作は、続編の連載が続く週刊誌の表紙でサウナに入っているという。

 

「出版社の方から〝作者の先生が西生さんのためにと書いてくれたんですよ〟と言われて感動しました」と西生さんは声を弾ませるその横で、松山さんは口を開く。「『湯らっくす』という場所は、西生さんという映画監督がいて、島耕作というプロデューサーがいて、自分は役者としてデザインを担当しました。苦労は多かったけど、デザインで悩むことはなかったですね」。

 

そんな松山さんのことを西生さんは「眠れない人なんだろうなと思う。どんな些細なことでももっとよくなるには?と、常に考え続けている人にしか生み出すことのできない、稀有な着眼点とアイディアはさすがだなと思います」と称する。

 

一方、松山さんは「『湯らっくす』は、常に整理整頓されていて、掃除が行き届いたサウナとくつろぎの空間がある。いつでも雑魚寝ができて、Wi-Fi環境が整っていて、おいしい料理がある。ここはいわゆる〝丁寧な暮らし〟を体感する、大型施設。つまり、サードプレイスの集合体なんです。

この場所を続ける西生さんは、僕にとってライフスタイルやカルチャーの半歩先を教えてくれる存在です」。

 

常に進化を続ける「湯らっくす」に完成はないと語る松山さん。ユーモアと真面目さと愛情を携え、ともに成長していく姿勢。それこそが人を惹きつける場を生み出し続ける秘訣なのだ。

 

 

DATE


サウナと天然温泉 湯らっくす

熊本駅近郊の24時間営業の日帰りサウナ。

入浴料は、平日大人900円(土日祝1000円)、小人(4歳〜小学生)300円。休憩料金(入浴・タオル・館内着・2階有料スペース・レストラン利用)フリーコース平日1650円(土日祝2000円)。宿泊4800円〜

 

Profile
サウナと天然温泉 湯けむり天国 湯らっくす
西生 吉孝 さん
1968年熊本県生まれ。2016年「湯らっくす」代表に就任。熊本地震を経て、2017年に大幅リニューアルを断行。日本人の平均身長に合わせた深さ171㎝の水風呂「MAD MAX」や、ヨガに着想を得た「メディテーションサウナ」など、新たなサウナカルチャーを確立。サウナ好きが高じて風呂屋を造ったという今は亡き創業者の思いを継承しながら挑戦を続けている

 

Profile
株式会社アポロ計画 リノベエステイト
松山 真介 さん
1968年福岡県生まれ。福岡市在住の一級建築士・宅地建物取引士。2000年にクリエイティブカンパニー[アポロ計画]を設立。中古建物の再生事業部[リノベエステイト]の代表も兼任。2016年に「湯らっくす」の西生さんに出会い、国内外のサウナ行脚をはじめる。サウナに精通した稀有な建築士として、個人宅から商業施設まで手掛けるサウナ設計の第一人者